院長紹介 やのひでのり 矢野英理
現代医学では治療法のないまれな疾患である難病ACTH単独欠損症を患っていますが、自分の鍼と気功(呼吸法)により自力で回復した、という珍しい経験を持っています。院長は、2度の長期入院を経験し、一時は死亡する可能性があると思われた状況から回復しています。
現代医学では治療方法がなく、治らない病気ですが、私は苦しみの中でマインドフルネスや、自分に鍼をさし、お灸をすることで、脳内物質であるACTHが出るようになりました。今は副作用による足の筋肉の劣化と心臓の発作に耐えるだけの状態にまで落ち着きました。現代の医療はとても進んでいますが、病気を治す力は全くありません。治るのは自分の注力、自分の力だけだと確信しております。

院長はこの経験を元に、患者さんの病気に向き合い、自然治癒力を高める方法を提供しています。ご安心ください、院長は回復されているので、健康であり続けることができます。
●矢野英理(やのひでのり)鍼灸師(浅川要門下)劇作家 福岡県出身 中央大学卒 還暦は超えてますが、45歳のつもりでやってます。
市川市、浦安市はり、きゅう、マッサージ等施設利用者の費用の助成に関する規則第9条により登録された施術者です。
(はり、きゅうの手技のみで施術します。マッサージ、整体等、針灸以外の手技は一切いたしません)

都立戸山高校時代に8ミリ映画を制作し、賞をいただき、故・大島渚監督から大きく評価を受けた経験があります。当時、自分に才能があると勘違いし、クリエイティブな世界に意識を向け始めました。兄と同じく国立、東京医科歯科大学を目指しましたが、受験に失敗し、浪人生活を送った後、惰性で中央大学に進学しました。しかし、勉強することなくTDLのショーに出演し、踊っているうちに卒業してしまいました。その後、外資系大手IT企業に入社しましたが、わずか5年で退社し、当時、岸田今日子さんや、渡辺謙さんのいる円演劇研究所(19期生)演劇界に進むことにしました。



初舞台出演中に自分自身が動悸を感じるようになり、(当時、P.D.やI.B.S.は医師の中でも認知度が低く、原因がわからなかったが、今で言うパニック発作のため)表舞台から引退することになりました。その後、作家として筆名「やのひでのり」で活動し、脚本や劇作でいくつかの新人賞(NHK大阪「都会の救世主」で入賞、「ブドリよ、私は未だ眠ることができない」テアトロ新人戯曲賞大賞を受賞しましたが、作家として食べていける世界ではなく、周囲からの期待や締切のプレッシャーに追われ、疲れ果ててしまい、ついには入院することになってしまいました。
役者時代の私、あまりに、大根役者でひどかったです。顔も現在とまったく変わりました。ユーチューブにどなたかがアップしてくれたのですが、私は削除できずに、何十年かあります。
その後、自分自身の治療のために、自彊術、フェルデンクライスメソッド、自律訓練法、森田療法、心理カウンセリング(民間資格・カールロジャーズを基本とする)を学ぶ中で、東洋医学に出会い、気功(太極拳)に目覚めました。ある日、故・逸見さんがキャスターを務めるニュースの中で、新潟大学教授の安保徹先生と医師、福田先生が鍼治療のみで難病を治している様子が紹介されたVTRを観たことがきっかけで、鍼というものの治癒力に驚愕しました。そこから、夜学に通い鍼灸師国家資格を取得することにしました。
私は、国家資格を取得した後、都内の針灸院でスタッフとして働きながら、浦安市を中心に在宅治療をしていました。当初から、私にとって鍼灸治療を行うことは非常に大切であり、浦安市と市川市を中心にバイクで一軒一軒お家を回りながら、患者さんの治療に取り組んできました。また、浅川要先生主宰の東京医療福祉専門学校鍼灸研究科(浅川ゼミ)に在籍し、医師と鍼灸師のみを対象とした修了コースに4年間加えて1年間学びました。これらの経験は、私にとって重要な原点となっています。
浅川要先生と。2017年3月浅川ゼミ会にて
浅川先生と私(コラム)

浅川先生と私の出会いは、鍼灸学校の先生と生徒でした。そこで、浅川先生から、1年生のときは中医学の基礎と歴史、2年、3年生は実技を教えていただきました。今は鍼灸学校の先生になるには、教員養成科という養成機関をえて臨床現場をあまり経験せずに専属教師としてなるかたがほとんどです。なぜか、浅川先生は(当時の理事長がスカウトしたらしく)教員の学校などは行かず、現役の鍼灸師でした。
ある日、浅川先生が開いていた中医学の針治療の研究会(後の浅川ゼミ)に誘われ、私は、鍼を打たれる係、つまり研究対象のモルモットとして、身を捧げることになりました。参加しているのは、鍼灸師を始め、医師、薬剤師など免許をもった有資格者のみです。参加している沢山の先生に、実験台として、全身いろんなところに、針をさされるわけで、かつ毎週4時間、2年間も続いたので、厳しいものがありました。施術が終わると、浅川先生から施術者へのダメ出しがあり、解説があります。
沢山の症例と、沢山の患者さん(モルモットに選ばれた人たち)に紛れて、全部の解説を聞けるわけなので、普通の鍼灸学生と違って何倍もの経験ができました。見たこともない症例、そして今後みることができないだろう珍しい症例も目の前で見ることができました。
今、私があるのは、その厳しい研究会のおかげだと思っています。
私が、鍼の国家資格をとったあとは、当然、浅川先生のゼミ生として入るわけですが、今度はモルモットとしてではなく、施術する方になりました・・・そこで、とにかく、弁証(みたてをする)そして、打つ。そして、反省会の繰り返し2年間・・・。
当時、生徒には医師の方たち、帝京大学麻酔科教授だった高橋秀則先生や、東京医科歯科大学の大畑めぐみ先生など麻酔科の先生が針の勉強をされていました。婦人科や、内科の医師の方もいらっしゃいました。ですから、解剖学病理学など医学のこと、東洋医学のこと、針の危険部位など。私が、何を質問しても、絶対に誰かが答えてくれるという恵まれている環境でした。(次回につづく)
劇作家としては、無期限に活動を休止中。よなよな長編を執筆中。
今の自分の針灸力(治癒力)は人生のマックスに近いとは思います。誰でも年齢とともに衰えていきますので、体力、精神力、治癒力がなくなってきた時を見計らって、数年後、頃合いを見て作家に復活してやろうとは思っている。

浅川ゼミ修了証書(7期生)

もちろん、鍼灸師免許
ニューヨークアクターズスタジオ1947年に設立された、プロの俳優、演劇監督、劇作家のためのメンバーシップ組織です。このスタジオは、特にメソッド演技を洗練させ、教えることで最もよく知られています。
アクターズスタジオの著名な卒業生には、マリリン・モンロー、ジャック・ニコルソン、ポール・ニューマン、マーロン・ブランド、アル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロなどが含まれます。これらの俳優たちは、ハリウッド映画史において顕著な業績を残しており、アクターズスタジオは彼らのキャリア形成に重要な役割を果たしました。
ニューヨークアクターズスタジオ・リー・ストラスバーグメソッドによる針の刺入方法
